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愛しすぎる理由
昨日はカウンセリングにいった。
ここ一週間、そらの調子は結果的にいいと思う。
きちんと登校して、友達もできた。
様々な小さな出来事があったけれど。

でも私はちょっと大変だった。
自分の問題のように、そらにかかわって、
そらの体調管理から、家事に仕事。
気が楽になったはずが、まだ緊張の日々。

久々にカウンセリングにいこうと思ったのは、
そらの問題を抱え込みすぎる自分の気持ちを整理したいことと
夫との関係を今後どうしたらいいのかという迷いが、またも生まれたからだ。

私は日本には、もっとカウンセリングが定着したらいいと思う。
もっと気楽に、自分と相性のいいカウンセラーさんとつき合うべきだと思う。
私は夫への感情が薄い分、子供に過干渉しすぎるのではないか
そして、見守る子育ての姿勢ではなく、いつも与えすぎるものがある
そう思っている。

そしてカウンセリングしていくと
そこには意外な事実があった。
私は自分の母親との相性があまりよくなったらしい。
それは、私の記憶がきえかけているくらいの幼少期からはじまる。

今はとても母親に感謝しているし、年老いた母親の介護を
いずれは実家に帰ってしたい・・とも思っている。

けれどもカウンセリングして過去を辿って行くと
たくさんの私の心模様があらわれた。
昨夜、カウンセラーさんの前で表現した気持ちより
今朝はまた深いところで、その当時の私をみつめている気がする。

母は、決して虐待した訳でもなく
ごく普通に私を育てたと思う。
大人になってからの方が相性がよく、何でも話せる友達みたいな感情を持っている。
私は本当に母親には感謝している。

ただ私は、父親にとてもよく似ていて、
私はどういうわけか母親に愛されていない・・・親族にすら愛されていない
そういう深い孤独を抱えて幼少期から思春期を過ごしている。

カウンセラーさんは
自分が愛されなかった孤独を、決して娘には味あわせたくないのだという
私の気持ちをさぐりあてた。

それは私自身が気付き、口にだしていくのだけれど
それを深いとこから発掘してくれたのは
やはりカウンセラーさんの力量と思う。

その傷は、端からは理解できないものだと幼い頃から思っていた。
口に出してもわかってはもらえないと。
(私はおねえちゃんだから、ちゃんとしないといけないし。)
心の奥の深い孤独をどうしていいかわからなかった。

(お父さんもお母さんも、私を好きじゃないんだ
大人しくて、可愛い妹は大切にされているのに
私は叱られてばかりいる。
私は手を焼かせてばかりの、悪い子供・・・・)
(私の大好きな可愛い赤い服を、母は妹にばかり着せる。
私はどうしていつもこんなに地味で可愛くない服ばかりなんだろう。
母親は似合わないからと言ったけれど、本当は私もかわいい服がきたかった。
わたしのことなんてお父さんもおかあさんも好きじゃないんだ)
たぶん、大柄で肥満気味の私を心配して、目立つ服を着せなかった親心なのか。

私は、私を愛してくれない、理解してくれない親を憎んでもいたのかもしれない。
それは、とてもとても長い間。
どんな言葉で私は傷つき、どんなことが寂しくてたまらなかったか
不思議なくらい覚えていた。

それは小学4年生のことだった。
母が入院したときの不安・・誰も私の心をみてはくれなかった。
父親は子供の私よりも子供に思えていて
私は誰にも頼れなかった。

不安でも耐えた・・・母の写真を泣きながら布団の中で抱えた。
暗く辛そうだった母親の様子は、私の不安をかきたてた。
おかあちゃんは死んでしまうのではないか

写真立てにいれて大事にしていた写真を
母親に見せたら「死んだひとみたいだ」(位牌の写真みたいで不吉と思ったらしい)
と激しく拒絶され誤解された。
寂しかったといいたかったのに・・・・影で沢山泣いた。
母の膝で甘える妹が憎く思えて辛かった・・・

とまぁ書いていると泣けちゃうくらいかわいそうな私がでてきた。
もっと沢山のエピソードがあり、沢山の気持ちの交差があったけれど・・・

私がそらの問題を自分の事みたいに固執してしまい、
そらの生活を過剰に支配したがる理由はそれらしい。
自分が親から感じた寂しさや孤独を、決して自分の子供には感じさせたくない。
子供が生まれたら、沢山沢山、愛してあげたい・・・
確かに私はそう思っていた。

支配と愛はいつも近い。
大半の人たちは気がつかないまま、
愛で相手を支配していると思います。

けれども支配は友好的な、正しい愛の表現ではないのです。
逆に相手を苦しめ・・自分をも苦しめる。

カウンセリングってすごい。
行く前はいつもどうしようか迷うし、カウンセリングうけなくても
ちゃんと生きて行けるし・・・と思うけれど。

カウンセラーさんはお母さんは自分の生活に手一杯でしたね
といった。
小さなharuちゃんの気持ちには気がつかなかったね・・と。
涙がでた。

そして、人には、思考の方法の違いがあって
知識や、手順など最初に用意して考えて行動する思考派と、
感情がともなわないと、それをなし得ない感情派といて
それらは考え方だから、それぞれそういう人がいるので
それはそれでいい、といった。

そして、おかあさんは思考派の人
私は感情の人・・といった。

父親は風変わりでADHD気味の人だから逆に私とは気があう一面があって
私はなぜか父親の気持ちはよくわかった。
性格的にたぶん同じ匂いがするから・・・

私の抱え込んで隠していたものは「理解してもらえない寂しさ」なんだそうだ。
すごくその言葉は理解できた。
私はずっとずっと、その言葉のような感情を
抱えて生きて来た。
結婚しても、かわらなかった。
夫も、とてもとても母より思考派の人だから。
それが和らいだのは、出産し、
子育てに没頭してく時期ではなかったか。

そして、なんと私は夫に母親をかぶせているのだそう。
だから、夫婦としてはやっていけないのだと。
これは本当に納得してしまった。
夫とであったときに求めたものは安らぎだったし。
決して恋愛ではなかった。

私は、夫に対して、友好的な気持ちをもっているのに
男と女になると激しい拒否感があって、空しくてつらいのだ。
そして、夫は私のことを何も理解していない・・・と思ってしまう。
夫には迷惑なはなしだろう。

カウンセリングをしていくと
いずれ出さなくてはいけない離婚に対しての答えも
いずれでるそうだ。
離婚するのか、しないのか。

人の幸せは、自分らしく自分の人生を生きる事
以前聞いたカウンセラーさんの言葉を
またあらためてかみしめる。


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【2007/04/21 07:41】 カウンセリング・親の会 | トラックバック(0) | コメント(3) |
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【2007/04/21 15:00】 | #[ 編集] |
----
記事を読みました。心の深い部分まで記載された記事・・・私なんかにパスワードを教えてくださってありがとうv-22
カウンセラーさんって、すごいですね。私はこんな深い部分までカウンセラーさんと話したことがありません。だから、自分のこと、全然わかってないです。i-181
また、来ますね。これからも、よろしくね^^
【2007/04/21 15:00】 URL | ふみごん #DpPCjZ4g[ 編集] |
----
ありがとう。パスワードいれた記事をのせてしまってーーーお手間かけました。
カウンセラーさんはすっごいです。
私の中の水のとどこおる場所を見つける・・って感じかな.
幼い頃に母が入院した話をしたら
「あ、それだね」って即座に
反応していました。
きっとそのあたりの私の歴史?に何かあると直感したんでしょうか。

ふみごんさんがお休みして寂しいけれど
家族が一番大切だってやっぱり思うから・・・
いつでもまた遊びに来てほしいです。
【2007/04/23 20:30】 URL | haru #mQop/nM.[ 編集] |
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