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分析はきりがない。
今日の弁当は失敗。
かぼちゃは味が濃くて、ニラ入りの卵焼きは味付けを忘れた。
でも起立性調節障害には
沢山の水分と味の濃いめのものが良いらしい。

しかし起立性のこどもは薄味を好む傾向らしい。
そらもそうである。

今日は夫がばたばたと出て行って、
私も早々に弁当を鞄に入れたから
そらのぶんしか写真なし。

070208_0736~0001.jpg


話は全然かわりますが・・・・

意外に人は自分の欠点などを
よくわかって生きているんじゃないか
と思うことがある。
中坊のそらですら そうなんだなと感じる。
ただわかっているけど 変えられないものなんかも。
中には、常に前進して
努力して欠点を克服して生きてきた
などと言う人もいるだろうが
そんな自信満々な度合いが
すでに欠点ではないか
なんてひねくれものの私は 思う。

私の父親はもうすでに七十もとっくにすぎ
ガンを煩ったものの 元気にやっている
しかし この父はかなりADHD気味な人だと
最近、長年の疑問が解けた。

とても変わった人だと思っていたし
子供なりに、トラブルといつも背中合わせにいる
そんな父親をみて心配もした。

本人生きにくかったと思う。
それに寄り添う母は
大変苦労した。

けれども父は 人に愛された。
いや嫌われもしたけれど。
孫には大人気だ。そらもジイジが大好き。

へんなとこに妙に知識のある人で趣味がとても広い。

私の知っている限りでは、
盆栽・狩猟・カメラ・凧作り・油絵・バイク・・・・・どれも中途半端。
うどんを打ったり、ソバを打ったりもした。

仕事をやめた後は山奥に古家を買って、
古材を使って増改築を一人でして
家を倍くらいの広さにしてしまった。
これはとくに夢中になった。

異様な発作的なおしゃべりや
子供のような行動は
父のキャラクターとして 定着した。

しかし仕事でのトラブルは
何より本人が辛かったらしく
定年前にふいに退職。
母は何もいわなかった。

お父さんの人生だから。
言っても聞かないしと。
お父さんにしてはよく頑張ったとも言った。

そんな父に私は似ている。

事務的な仕事は得意ではない。
というかできないのではないかという不安がある。
ミスをしないようにと
何度も何度も繰り返して確認しないといけないし
失敗してしまうのではないかと
自分がとてもできの悪い人間に思える。

言っておくがたぶん知能は普通と思うょ。
数年前に、テクニカルイラストの資格試験もとったし。
(でも頭が廊下しているから大変だったけど)

そして、分類がとても苦手
何年もかきためたイラストデータの分類に困っていた。
おなじ課の男の子に分類法を決めてもらって
最近ようやくまとまった。

ただ集中して 一日中絵を描く。
機械の分解図やら全体図やらあれこれ。
実に細かな仕事。
好きなことに対する集中力は
人並み以上かも。
この仕事にであってよかった。

人としてはなんとかまともに生きてはいるが
時々なにかやらかす。
つい数週間前から、ここではいえないくらい大事な物をなくして
ずっと捜しているが
・・・・・・・・でてこない。

これ、ボケだったらどうしよう。あはは。

インターネットでADHDについての記述など読むと
あてはまってしまうこともあるし
そうでもないこともあり。

ただ、何より私自身、自己肯定感とやらをなくしたまま
思春期を迎えていて
とても苦しくて生きにくかった時期があった。

何より、18で上京してひとり暮らしをはじめてからは
不注意による苦労は絶え間なく
ただ、そそっかしいとか
計画性がもてない性格とか思っていた。

財布をなくしたり印鑑をなくしたり鍵をなくすは
しょっちゅう。
よく危ない目にもあった。

だから、それなりに工夫していきてきた。
でも、結局私はADHDではないと思う。
というか、私はとりあえず、とても困った状況にはない。・・と思う。

普通ってなんだ異常ってなんだ・・・
分析しても仕方ない事は沢山ある。

そらが ちょっと皆とちがうかな・・と思わせても
それは見逃すことにしている。
大きな問題ではない。

何より、私は子育てによりようやく大人になった。
それだけは強く感じている。

そらは、起立性に関して、なんだかずっと不調が続いている。
どうもフリースクールの同級生が
ようやく進路を決めて、願書出したり
試験準備したりで、落ち着かなくて、心配があったらしい。
本当に敏感娘でして・・・・

スクールにいくと、げらげら笑って、相変わらず元気モードらしいけれど
どうにも体調は、ダルダル・・・が、ながびいている。

不調だろうとなんだろうと、妙なテンションでいることは
そらの仮面なんである。
なぜなら私にもそういう一面があったから、とてもよくわかる。

今は年をとって、経験値があがったから
精神に会わせてふるまうことが出来るようになって
とても楽になった。

親子は不思議である。
どこか似るのだなぁ
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【2007/02/08 15:05】 起立性調節障害 | トラックバック(0) | コメント(2) |
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comments
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みんな、それぞれ、得意なこと、苦手なことがあって、
その得意なことを生かせたら、その人にとっても、
社会にとっても、家族にとっても、幸せですよねe-343

今、きっと、偏った能力を重視しすぎるから、生き難い子が増えてきているような気もします。

>何より、私は子育てによりようやく大人になった。
今日、私は、娘のおかげで、「母」というものになれたかなぁと思いました。今まで、どーしても、母としての愛が足りないって、思ってたけど、それなりに自分にもあるんだなって。人生、長いのだし、1つずつゆっくりできることが増えるのも、いいんだよねぇって思います。
【2007/02/10 00:32】 URL | ハナミズキ #-[ 編集] |
--ハナミズキさんへ--
娘さん、出発今日でしたね。
お見送り、無事すんだみたいですね。
ハナミズキちゃんの成長は
すごく頼もしいです。
そらもそんな成長をしてくれると願ってます。

私は、小学生のころから
自分の中の人と違う一面が怖かった気がします。

でも私の場合、外からはあまりわからないらしく
今もたいした問題でもないんだけれど
子供を通して、自分の適正とか性格とか
特徴みたいなことを
考えるようになったんだね。

生きにくいのは、画一的なかたちで
人を評価しすぎるからだと思うな。
個性を愛せる世の中になったらいいのに。

【2007/02/10 00:53】 URL | haru #mQop/nM.[ 編集] |
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