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行くか行かないか。
そらは、不登校気味。
いやもう、不登校というカテゴリーの中だろうと思う。

そらはここのところ精神状態が悪い。
傍目には明るく陽気にしているときもあるが、
常に心の中は深く沈み込んでいるらしい。


そらの鬱はこの3ヶ月ずっと続いていて、
寝る前に暗く、辛い思いを抱え込んでは眠りにつく。

そらが悪夢にうなされたり、悲しい思いにとらわれて、なかなか寝れない事を知り
私は彼女と同じ部屋で眠ったりした。

ある日を境に、ちゃんと自分の部屋で眠るようになったけど
それでも私は心配で、ひとり泣いているのではないかと
よくそらの部屋をのぞきこむ。
たいがい、健やかな寝顔で眠りについているのだけれど。

今日は期末試験初日。
なのにとうとう、朝起きなかった。
私はむきになって、ずっとがんばったんだからいこうね、起きようねを繰りした。

こんなことは逆効果なのに・・・気持ちが焦って焦って。
不登校児に対する原則は「登校刺激をしないこと」。

ここんとこ、ずっとそらは塾で頑張って来た。
一週間前には、自由に塾に来所していいことになっており
学校いけなくても、塾にはかかさずいった。

塾の仲間と先生が大好きだからなんだけど
学校にすんなりといけないそらにとって、塾は救いの場所だ。
私は、そらが人が好きでおしゃべりで、元気な事を知っている。

そのくせ、そらは人並み以上に傷つきやすいため
そのカモフラージュのため、乱暴に口をきいたり
そっけないさばさばした態度をとることもある。

だから、学校にいこうと決意していたのに
気持ちが落ちてしまっていけないときのそらは、別人のようになる。
頑なな、わがままな、頭のわるい子供になる、そら。

あまりに状態が悪く、うつになって
「もう私なんて生きている価値がない。」「死にたい」を口走るので
煮詰まった私は、新しい心療内科にいくことにした。

住んでいる街より、都心に向かって数駅のところ。
思春期健康診断、なども設置してあるので
たぶん知識もあるのだろうと、ネットで調べて判断した。

先生は優しそうだったが、ポーカーフェイス。
淡々と話をする。
そらは、どういうわけかとてもこの先生が気に入ったらしい。

そらは、人が「いい人」と賞する意外に、
人を判断する彼女独自のアンテナがある。

ここ数年の、ことの経緯を聞いた先生は、あっさりと
「もう、学校にはいかない、そう決めてしまったらどうですか。」といった。
私とそらは息をのんだ。
いままで何度もそういわれたけれど、
頭では理解しても、どうしてもふみこめなかった。

そして「あくまで、私自身の個人的見解ですから、おしつけるつもりはないのです」
と先生は続けた。

「お母さん、この子の長い人生を考えてあげてください。
それを考えたら、この1年2年は小さな事だとわかるはずです。
学校は、きっと必死で学校にくるようにいうでしょうが、
学校はこの子の長い人生をかんがえてはくれません。」

「今の小中学校は、私やお母さんが通った学校と違うんですよ。
昔は、尊敬出来る先生やあったかい地域の人がいた。
今は状況が違います。どうしても学校が合わない、行けない子供がてでくるんです。」

「死にたいくらい辛い思いをしてまで行くところではありません」

私とそらは、ただだまって話を聞いた。
ひとつひとつの言葉が、すんなりと心に響いた。
うっすらわかっていたことが全部クリアになっていく感じ。

先生は、このまま学校にいかなくても、高校はいけること。
そして、そらさんの場合、きっと高校で全てが変わるだろう事

そのときに進学校など選んでしまうと、
今の小学校中学校と雰囲気が似ているため
また行けなくなる可能性があること

そらさんにあった自由でのびのびとした学校を
探してくださいと言った。
今は、あらゆる選択肢があるのですよと先生は淡々と話した。

「そして、家にいてあんまり退屈だったら
フリースクールにいってごらんなさい、
みんな元気に通って来ていますよ。
私も見学にいろいろ行きましたが、いい雰囲気ですよ」と。

そらは、時々うなずいてじっと先生を見ていた。

先生は私に「学校いかなくていいと決断することは
現実的になかなか出来ないでしょうけれど
親がいつまでも学校にいってほしいと思う限り、
この子は治りませんよ」
といった。
うなずきながら私はじわじわ涙がでた。

つくづく、私にできないことは、
親としての欲をあきらめる事だと思った。

お礼をいい、お金を払い
外に出ると私は、すこしだけ荷物がかるくなった気がした。

そらは、「とってもいい先生だった、なんだかなんでも話せた」といった。
実は、たいして沢山話していない。
でも、そらは とても満足していた。

不思議だなぁと思った。
二ヶ月前にいった心療内科のおばさん先生には
一時間くらい話したのに
そらはちっとも満足していなかった。
話しても、なんだかわかってくれない、という感覚すらあった。

そらのアンテナは彼を認めたらしい。

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【2005/11/28 00:04】 不登校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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